橋本五郎氏 (ソフトバンク元常務取締役) へ捧ぐ


社会に出たばかりの頃、ひとりの熱血感あふれる編集者に出会った。当時、まだ大企業というには程遠かった “日本ソフトバンク” で “Oh! PC” という雑誌の編集長をしていた橋本五郎さんであった。アメリカ行きの前に資金を貯めていた自分が、大手印刷会社で営業の真似事をしていた時期だった。靖国にあった日本ソフトバンクのオフィスは手狭だったので、市ヶ谷五番町のビラカーサというマンションのそれほど大きくもない部屋に置かれた編集部で、自分みたいなぺーぺーにさえ熱く語ってくれた橋本さんのその特徴ある表情と声は、今でも容易に思い浮かべることができる。

孫正義氏の腹心、孫さんの意見に真っ向から物言いできる数少ない側近だった橋本さんは、9年間のアメリカ生活から自分が帰国した時、大きく変貌を遂げつつあったソフトバンクのナンバー3として、日本橋浜町のビルに笑顔で迎えてくれた。その後何年か経ち、病がひどくなり船橋にいた橋本さんを訊ね、当時作って間もない会社のことなどを相談させてもらったりもした。既にまともに仕事をすることが困難であったであろうその身体で、ソフトバンクと孫さんへの熱い想いを語り、それを汲み取り孫さんは、非常勤取締役として会社に残してくれていると感謝されていた。

翌々年5月、橋本五郎さんが亡くなった。まだまだ学ぶことがたくさんあったのに、もっとお会いして “橋本五郎” から学びたかったのに。幸いにも多くの偉人と巡り会い育てられてきた自分だけど、あれほど熱い語り口が似合う人はいなかった。自分の中に欠けている何かを追い求めていたら、橋本さんの姿がそこにふとよぎった。

Oh! PC

2011年を迎えるにあたり、言えなかった多くの “ありがとう” をここに。
“孫正義” という人物に出会えてよかったですね、橋本さん。。。